Diary 2018. 7
7月1日 (日)
『一生懸命』幻のたかやん日記 第182弾! 2018年7月1日(日) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第182弾! 2018年7月1日(日) たかやん
朝勉137
空はプールの用意をして、朝練に行った。「暑いからプールに入るぞ!」と顧問の先生が粋な計らいをしてくれたのだ。僕らテニス部も昔はよく学校のプールに入って遊んだなあ・・・。
さて、僕の朝勉は英語。少しは別の教科もやれよって!!
同窓会
午後から超ミニ同窓会があった。3年1組からはアキ、ババツ、もりっこ、美香、あっこ、と担任、2組からはノコ、5組からはノミが参加しての「超ミニ同窓会」である。あきと僕が二人でいた時は静かに語っていたのだが、あっこが登場して音量が倍になり、そこに美佐緒(のこ)が登場してからは音量が4倍になって・・・お酒が入ると・・・さらに音量が上がり、何度か「シズカにするよ」と止めたのだが・・・お店の人から「静かにしてください」と注意されてしまったのだった。
奈良先生
「たかやんね!本当に酷いと思ったよ。あたし。」とアッコ。「あれはね、完全に苛めよ」「普通担任がああいうこと言う?」「あたしたちもいけなかったけど」「あれはアウトでしょ!」とアキまで同調する。『あのなあ・・・あれはクラスの誰かが、祐二とかババツとかが奈良さんに苛められたんだよ。』「だからって、あんなことする?」『だって、ただ後ろを向いただけじゃん・・・』「先生が教室に入ってきたら、生徒全員が後ろを向いていたんだよ」「酷くない?」『酷くないって、お前も後ろ向いたんだろうが・・・』「だって、たかやんの命令には逆らえないじゃん」「あの頃のたかやん、生徒に人気あったしさ・・・」『それと何の関係が・・・』「言えないでしょ?そんな担任に・・・」どうやら国語の奈良先生に対して、1組全員が反抗した(担任が反抗させた)事件をあっこは「あれは奈良先生が可哀そうだった」と言いたかったらしい。「おまけに、たかやんは奈良先生がいなくなる前に、学級通信で“色々あったけど、奈良先生が大好きです”って書いたんだよ。」とアッコの機関銃トークは止まらない。
そう言えば、3組と1組全員が協力して、クラス全員が入れ替わったこともあったなあ・・・。これは3組の担任(亨)と1組の担任(僕)が組んで、生徒達がそれに乗って・・・先生を職員室に帰してしまったのだ。そりゃ、そうだ。1組だと思って入ったら、そこには3組の子達が違う教科の教科書を開いて待っていた訳で・・・しかも、クラスのプレートを入れ替えるという念の入れようで・・・困ったことに、その先生が誰だったか覚えてない訳で・・・
記憶が・・・
2次会でとよぺのお店に行って、オタンコがアッコを迎えに来て・・・・カラオケをやったところまでは覚えているのだが・・・その後のことはよく覚えていない。歩いて帰って来たらしいが・・・
教師を目指す人へのメッセージ 第97弾 政治を語る
僕の西戸山中学の先生、河合隆慶は僕達によく「政治」を語ってくれました。「新聞」を題材にして、「先生の目」から見た当時の政治を中学生の僕らに語ってくれました。「新聞の記事を別の角度から見てごらん」先生はそう言いました。そのお陰で、僕らは新聞の記事を鵜呑みにすることなく、自分自身の「脳みそ」で「色々な出来事」を考える習慣を身に着けることが出来るようになったのです。
河合先生は「政治」の裏側をよく知っている先生でした。(先生は有名な参考書の著者でもありました)学校で「政治の話をしてはいけない」と思っている人がいますが、大人としてそれ程、無責任なことはありません。
例えば、今回の「働き方改革法案」について、自分の意見を生徒たちに言えない社会科教師は完全に失格です。子ども達が「ブラック企業」で働くとき、「過労死」ギリギリラインで働かされた時、どうやったら、そこから逃げられるのか・・・逃げる前に、そうならないようにするにはどうしたらいいのか・・・それを教えるのも教師の仕事だからです。
小中学校の先生が、今の「政治」の問題を自分の頭で捉えられていないと、子ども達に何も語ることはできません。そんな大人ばかりに育てられた子ども達は「政治に興味のない」「搾取されても気がつかない」「貧困の連鎖に入ることさえ分からない」「弱い人のことを考えられない」大人になってしまうでしょう。今のテレビを見ていると、それが狙いなのかと思うくらい・・・テレビは「政治」を語らなくなってきています。
「政治批判」が出来ない国ほど、民主主義とは縁遠い国であることは、みんな知っています。北朝鮮や中国やロシアで「政治批判」「政権批判」をするのは命懸けです。北朝鮮や中国のように情報を規制したり、日本を「敵国」とみなすことで、政権を維持する手法と、ワールドカップに国民の目を向けて、「世紀の悪法」を国会で通してしまうという手法には近いものがあります。北朝鮮のニュースを見ると「違和感」がありますが、あれこそが嘗ての「大本営発表」です。
教室に「新聞」を置きましょう。普段から新聞の記事を題材にして、子ども達と「政治」や「世の中の色々な問題」を語るのです。「読書の時間」をつくって、子ども達に本を読ませることもいいですが、現代社会が抱える「食糧」「人口」「安全保障」「エネルギー」「環境」「男女格差」「年金」「TPP」「待機児童」「難民受け入れ」「移民政策」・・・色々な問題を今を生きる大人として、自分はどう捉えているのか、それを子ども達の前で語れる大人になってください。日大アメフト部の問題を子ども達に語れば、今の学校の生徒指導や評価の付け方の反省にもなる筈です。「森友問題」「加計問題」「消費税」全てお金の流れが問題です。国民の血税を何にどう使うか・・・今の子ども達にとっても、未来の子ども達にとっても大きな問題です。どんな問題も「自分と繋がっている」ことを教えるのも「教師」の仕事です。
打ってはいけない!2281
どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・国会議員達は、それを信じていてもいなくても、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。そうやって、女子中高生が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。
今日の写真1
僕、あっこ、もりっこです。あっこは昔のことを機関銃のように話し、もりっこは「昔のことは覚えない」と笑わせます。
今日の写真2
僕と美佐緒です。美佐緒は高校の体育の先生になってくれました。笑えるのは「関西弁」になって帰って来たことです。あっこの機関銃対のこの関西弁でした。
今日の写真3
1次会のメンバーです。一人美しい女性が写っていますが(え?一人じゃないだろうって?)美香のお嬢さんのゆかちゃんです。
*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・
7月2日 (月)
『一生懸命』幻のたかやん日記 第183弾! 2018年7月2日(月) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第183弾! 2018年7月2日(月) たかやん
朝勉138
何時ごろ寝たのか、そして起きたのか・・・よく分からない。覚えているのは昨夜が滅茶苦茶楽しかったこと。知らない内にマイクを握らされて、千春の歌を歌ったこと・・・・ひばりが丘の南口から歩いて帰って来たこと・・・・そんな訳で・・・朝勉というよりは昼勉になってしまったのだった。
早退
五中の保健室から電話があった。保健の先生が優しい声で「空君が体調不良で保健室で休んでいたのですが、迎えに来て欲しいと言ってるので、来てもらえませんか?」『直ぐ行きます!』と空父。車で迎えに行くと・・空は白い顔をして、フラフラしていて、気持ち悪そうだった。そんな空を見て(随分大きくなったなあ)と思った。保健室前の廊下に立っている姿が3年生らしい姿に見えたのだ。何もそんな時に感じなくてもいいのにねえ・・・・・・ 車の中でも「吐きそう」と気持ち悪そうな空。暑い日が続く中、期末テストにも部活でも頑張って・・・睡眠不足もあるのかも知れない。土曜日の大会に間に合うように回復を祈るとしよう。
オスプレイ
新座上空にオスプレイが飛んだ。新座には大和田通信基地があり、所沢には所沢通信基地がある。横田基地に配備されたオスプレイが新座や所沢の米軍基地に飛んでも何の不思議もない。ただ、極めて危険なヘリが、沖縄は勿論、本土上空を飛んでも日本の政治家たちは何も言えない・・・ということだ。普段、「国民の生命と財産を守る!」と豪語している癖に、米軍に対しては何も言えない。日米地位協定を破棄するだけの気概がない。日米安保条約を一度破棄すれば、自動的に地位協定も破棄できるのに、それをしようとしないのだから、腰が抜けている。「日本を取り戻す!」とか威勢のいいことを言っている奴らこそ、「腰抜け」である。彼らがよく使う「日米同盟」なるものは実は存在しない。「同盟」とは本来対等なものだからだ。
日米安全保障条約の中に日米地位協定が含まれているのだから、地位協定の見直しをしたければ、日米安全保障条約を破棄すればいいだけのことだ。破棄するのは簡単で、1年前に通告するだけで一方的に破棄できるとちゃんと条約に書いてある。戦後70年以上も経ちながら、米軍を駐留させていることこそ、恥じた方がいい。米軍は日本の為に存在しているのではない。米軍は米国の為に存在しているのだ。日本には「自衛隊」がある。日本を守る為の「自衛隊」である。独立国なら独立国らしく自分の国は自分で守りたいものである。
教師を目指す人へのメッセージ 第98弾 挨拶運動
子ども達と寄り添っていると、多くの学校でやっている「挨拶運動」が意味のないことだと言うことに気がつきます。校門にズラーっと大人が並んで「挨拶」をするのですから、「挨拶」された子ども達は堪りません。「挨拶」が子ども達を笑顔にしてないのです。
その雰囲気はまるで「選挙運動」です。何のための誰の為の「挨拶」だか分かりません。子ども達が必要としている挨拶は「自然な挨拶」であり、一対一の「笑顔つきの挨拶」です。大勢の大人が並んだ「不自然で」微妙に「不自然な笑顔」の挨拶に、多くの子ども達はストレスを感じるのです。そのストレスの度合いは、あの中を子ども達と一緒に登校すると直ぐに分かります。どうしても挨拶をしたいのであれば、1人でやることです。親が一人で立って挨拶するのであれば、子ども達もストレスにはならないし、教師としてのもいいトレーニングにはなるでしょう。もっとも、1人で立てる親はいないかも知れませんが・・・
挨拶運動で一番問題なのは、多くの人の時間を知らず知らずに奪っていることです。挨拶運動の為に、会社を休む人がいます。家事を途中にして朝早くから学校に行かなければならないお母さんがいます。「何の為に?」子ども達の為になら分かりますが・・・「挨拶運動」の為の「挨拶」であることをみんな感じながら無理しているのです。
子ども達は「挨拶運動」などしなくても、朝練で朝の学活で授業の度に「挨拶」をします。職員室に入る度に、「挨拶」をします。そして、廊下で先生とすれ違っても、僕のような部外者と会ってもちゃんと笑顔付きの「挨拶」をするのです。まさかその挨拶が「挨拶運動」で培われたと思う人は1人もいないでしょう。
今の「挨拶運動」は「挨拶運動」の為にあるので、僕は意味を感じません。子ども達にストレスを感じさせるだけの「挨拶運動」は直ぐにでもやめた方がいい。子ども達に寄り添っていれば、直ぐに分かりますが・・・大事なことは、「子ども達の為」という「自己満足」に騙されないということです。教師にとっても大切な時間です。お母さん達にとっても大切な時間です。教師も朝は忙しい。親も朝は忙しい。「挨拶運動」なるものをしている暇はないのです。
*本当の「挨拶」はあります。1人で毎朝、子ども達に声を掛け続けると・・・誰でも子ども達の表情の変化に気がつきます。「おはよう!」と言っても無言だった子が「おはようございます!」と元気に言うこともあれば、いつも笑顔で「おはようございまーす!」と言ってくれてた子が、元気なく下を向いたまま通り過ぎることもあります。子ども達に何かが起きているサインです。子ども達の変化に気がつく・・・顔と名前を毎朝、覚えることに集中する。教師としては凄くいいトレーニングになます。子ども達を救う手掛かりになる可能性もあります。どうですか?「挨拶運動」とは随分違うでしょ?
ワールドカップ
ブラジル対メキシコを見ている。3時からの日本対ベルギーの試合を見る為に見ている。サッカーはいい。スポーツはいい。国と国が誇りを掛けて戦う。戦争は戦いとしては最低最悪の方法だが、スポーツで戦うのはいい。こうしてスポーツが出来る平和な世の中が続くといい。全ての国がワールドカップに出場(予選参加)できる日が、いつか来るといいな。
打ってはいけない!2282
どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・国会議員達は、それを信じていてもいなくても、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。そうやって、女子中高生が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。
今日の写真1
歌って踊るあっこ、のこ、のみの三人です。1組、2組、5組の代表ですかねえ・・・実に仲がいい三人です。「畠中変わらないね」とあき。「昔からこんな身長じゃん」と指を広げる担任。「酷くなーい!」と担任を殴るあっこ。
今日の写真2
あっこの旦那さんの「ナス」です。正式なあだ名は「オタンコナス」だったのですが、長いので「オタンコ」になり、それも面倒なので「ナス」になりました。「オタンコ」は僕のことを「とうやん」と呼んでくれます。そんな酷いあだ名、誰が付けたんでしょうね。まさか、担任・・・・?いやいやいやいや・・・・きっと賢一です。
今日の写真3
ババツです。最初は「馬場っちょ」だったのですが、多分、面倒くさいので「ババツ」になりました。女の子からは今でも「馬場っちょ」僕も含めて、男子からは「ババツ」ですかねえ・・。
*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・
7月3日 (火)
『一生懸命』幻のたかやん日記 第184弾! 2018年7月3日(火) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第184弾! 2018年7月3日(火) たかやん
朝勉139
1時過ぎに寝て、3時に起きて・・・日本対ベルギーの試合を見た。0−0で前半が終わったところまではしっかり見ていたのだが、次に目が覚めると2−0で日本がリードしていた訳で・・・(ん?どういうことだ・・・本当に勝ってるのか・・・)と思っていたら、直ぐに1点入れられて・・・2−1になって、マジで勝っているんかい!!そう思ったら、あっという間に同点にされて・・・耐えろよ!と念じていたら・・・逆転されて・・・今回のロシアワールドカップは終わってしまったのだった。それでも、朝勉はやる訳で・・・何があっても続けないとね。しょうがない・・・西野で負けたんだから・・・みんな胸を張って帰って来てね。
プール
昨日は体調不良になった空だが、今日は元気に朝練に行った。どうやらプールの授業があるらしく、昨夜から海パンだの帽子だのタオルだの・・・空ママが用意していた。小学生の時、水泳では関東大会まで出場した空。中学に入って、「陸上」を選択した空だが、きっとプールでは友達よりも速く泳げるのだろう。背も大きくなり、陸上部で鍛えた筋肉も使って、自分が思ったよりも速く泳げているのかも知れない。小5の冬は一日に5キロだとか8キロだとか泳いでいた時は、泳がされていたから辛かったのだろうが・・・五中のプールで伸び伸びと泳ぐ空を想像すると、笑顔になる空父である。
エアコン
この糞暑さは何だ。エアコン嫌いの亮はエアコンを付けているだろうか・・・。所沢、野寺とエアコンの無い家でずっと育ってきたから、エアコンが嫌いな亮は、この暑さでもエアコンを付けないで生活しているのではないか・・・そんなことを心配している亮父である。
母さん
病院から退院したのはいいが、部屋のエアコンが付いてないことがあり、母さんのことも心配である。母さんは自分では付けられないのと、体温調節ができなくなってきているから、暑さを感じられなくなってきているのだ。
教師を目指す人へのメッセージ 第99弾 サッカーと生徒指導
五中の1期生の時代から、僕は子ども達と一緒にサッカーをやっていました。球技大会は勿論、体育の授業にも乱入しました。4期生の子達とは昼休みに毎日、サッカーをやりました。その内、自分のクラスだけではなく、他のクラスの体育の授業・・・酷い時は、他学年の体育の授業にも乱入して、サッカーに燃えました。テニス部の朝練のウォームアップがサッカーになったり、午後練の終わりがサッカーになったりしました。隙があればサッカーをやる・・・そんな「教師」だったのです。当然ですが、サッカーには技術も体力も広い視野も必要です。複数のボールを使いながらのサッカーは五中で同期の本田誠が教えてくれた方法でした。複数のボール(3つ)を使うと、普段ボールに触れない子も触れるようになり、女の子が入っても活躍できます。ヘディングシュートは2点、オーバーヘッドは3点というルールも誠と子ども達とで作りました。勿論、オフサイドはありません。ラインがないので、わざとゴールの後ろからセンタリングを上げて、ヘディングする・・・そんな作戦もありました。
僕が得意だったのは、どんなメンバーでやっても力が釣り合うように調整することでした。例えば、3年生対1・2年生と顧問とか・・・・女子と顧問と卒業生対男子全員とか・・・下手糞11人対上手な3人とか・・・どんな人数でも、どんなメンバーでも対等な戦いになるようにボールの数もハンデも調整して・・・燃える・・・六中男子テニス部対片山FCの小学生全国優勝メンバーという戦いを企画したこともありました。(ギリで勝ちましたけど、おっそろしく強い小学生達でした)
僕はそうやって、学校の全ての男子と仲良くなろうとしたのです。僕にとってサッカーは友達を作るツールでした。サッカーには教師も生徒もありません。いいプレーをすれば、尊敬されるし、下手だと、(たいしたことねえじゃん)と厳しい評価がくだります。サッカー部のレギュラーと対等になってくると、男子の中ではかなり上位に入ることができます。体と体のぶつかり合いもありますから、大人の意地で倒すこともあれば、本気でぶつかってこられて、こっちが骨折(サッカーでの骨折は3回くらいかな、球技大会で1回とテニス部のサッカーで2回)なんてこともありました。それでもいいのですよ。男子生徒の中で上位にいれば、生徒指導は何とかなるものです。だって、男子全員サッカー仲間のようなもんですから・・・・。
六中ではこんなことがありました。六中4年目の僕は3年生の担任、初めて出会う緑ジャージの茶髪の少年たちが校庭でサッカーをしていたのを見て、早速乱入しました。1・2・3と赤ジャージを持ちあがり、3年生に残った時のことです。すると、校長に呼ばれました。「おめえはあの茶髪を認めんのか!」『はあ?』「一緒にサッカーやってるってことは、そういうことだろ!」『・・・』「大体誰の許可を得てサッカーやってんだ?」『六中の生徒と六中の教師が六中の校庭でサッカーやるのに、誰の許可が必要なんですか!?』僕は校長に噛みつきました。茶髪の3年生と仲間になるのか、敵になって要らぬ苦労をするのか・・・そのサッカーに掛かっていたのです。生徒指導の何たるかを知らない校長には理解できなかったのでしょう。教師が子ども達と友達になるか、敵になるかは・・・学校が落ち着くか荒れるか・・・その分かれ道のようなものです。
「教師」は「生徒」と仲良くしてはいけない・・・知ったような顔をして、そういうことを言う人もいます。そういう人に限って、一旦学校が荒れると、何も出来ないものです。
子ども達はいつでも荒れる要素を持っているものです。だって、中学生ですから。エネルギーが溢れていて当たり前です。そのエネルギーを部活やサッカーで指導者や仲間として受け止めるか、「教師風」を吹かせて押さえつけようとするで・・・学校が180度変わります。中学生のパワーは押し付けには反発をします。「内申」で言うことを聞いている内はいいのですが、一度その「内申」から離れてしまうと、男女とも収拾がつかなくなるのです。
大人も子どもも「仲間」の言うことは聞くものです。少なくても、そういう人が学校に一人くらいいてもいい。同じパターンでは詰まらない・・・色んなタイプの教師がいてこその「学校」だと僕は思います。学校に一人・・・どんなことでもいいので、そういう「教師」になってください。
打ってはいけない!2283
どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・国会議員達は、それを信じていてもいなくても、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。そうやって、女子中高生が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。
今日の写真1
そろそろ駅立ちの時期です。こんな風にして、駅立ちの準備をします。暑いので、半袖・短パンでの駅立ちになりそうです。明日じゃんこが来てくれて、今週末には完成しそうですね。
今日の写真2
懐かしい旧庁舎の議場です。手前に和久がいます。奥にいるのはカサジです。質問、討論をしてみると、前の議場の方がやり易かったですね。新議場では傍聴人の方を向いて発言できないのです。2回目以降も自席での質問が認められてないので、直ぐ後ろからの野次もちょっと面倒臭いです。
今日の写真3
オーストラリアから来てくれた雅央です。六中青ジャージのエースでした。途中からテニスを始めたのですが、もの凄いセンスであっという間に強くなった子です。
*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・
7月4日 (水)
『一生懸命』幻のたかやん日記 第185弾! 2018年7月4日(水) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第185弾! 2018年7月4日(水) たかやん
朝勉140
今朝は5時起き。普通の生活に戻って来た。外は曇り。少しは気温が下がるといいのだが・・・
朝勉は英語。数学や国語も少しやらないとね。
ベスト
この糞暑さの中で、女子中学生のベストが可哀そう過ぎる。女子高生達は白いブラウスを颯爽と着こなしているのに比べて、女子中学生は汗だくになってベストを着せられているからだ。僕が親だったら、間違いなく「そんなもん脱いで行け」と言うだろうし、学校に「暑いのに体調が悪くなったらどうするんだ!」とクレームを付けただろう。嘗ての五中も六中も女の子たちがベストを着ないで通っていた時代があったのだ。暑いのだから何の違和感もない。男子がよくて女子が駄目な理由はなんだろう。もし、深い理由があるのなら、女子高生たちもみんなベストを着ている筈だ。
母さん
土曜日に退院はしたものの、この暑さの中ではいつ体調が悪くなるか分からない。今年になって3回も入院した母さん。昨日も今日も「大丈夫」と笑顔で僕の手を握ってくれたが・・・この猛暑の夏を超えられるのか・・・息子としては心配である。
強風
午後練から帰って来た空が、「砂が目に入って痛い」と言ったのが7時頃だったか。「水で洗いな」「目薬さして」「シャワーで目をパチパチやってごらん」と空父。空はその通りにやったのだが、「痛い」「ダメだ」と砂と痛みが取れない様子。余り痛がるので、ネットで目の夜間外来を探すのだが・・・埼玉県には0だということが分かり・・・東京都を探す。そして、辿り着いたのが、府中にある都立小児総合医療センター。8時45分過ぎに家を出て、診察が始まったのが11時過ぎだったか・・・二人の先生に診てもらったのだが、二人目の井原崇輝先生が凄く素敵な先生で、僕は一瞬で彼のファンになってしまった。・・・井原先生は空の目を大量の生理食塩水で綺麗に洗ってくれて、麻酔と抗生剤を投与してくれて・・空の目の痛みはかなり引いたのだった。「先生、24時間ですよね?大変じゃないですか?」「いや、病気は年齢や時間に関係なく誰でもなる可能性があります。これが仕事ですから。」先生はそう言った。
我が家に戻ったのは午前1時過ぎ。僕は今ウィンブルドンを見ながらこれを書いている。空は大変だったけど、素敵な若者と会えて、かなり幸せな気分になった空父であった。
教師を目指す人へのメッセージ 第100弾 記憶に残る先生2
宮田和美先生
西戸山中学の体育の先生です。中大男子バレー部のキャプテンだった人で、背が高くて、恐ろしく怖い先生でした。中学校の教員として21年間色々な体育の先生を見てきまし、その後も色んな体育の先生達を見てきましたが、宮田先生程怖い先生を僕は知りません。
当時、先輩の3年生だって怖いのですから、1年生で体育係になりたい生徒は1人もいません。体育教官室に入るのが怖いのです。先輩達は熱があっても「体育をやすませてください」と言えずに体育をやっていたくらいです。
1年生の6月に僕は階段から飛び降りて「骨折」しました。それでバスケを断念した話は前に書きました。僕にとってはバスケ部をどうするかより前に「体育の授業」をどうするかが問題でした。宮田先生に「体育を休ませてください」と言いに「体育教官室」に行く勇気がなかったのです。そこで僕は「体育の授業に出る」という「選択」をしました。右足にギブスをして、松葉杖をつきながら、体育の授業に出たのです。松葉杖をつきながら走り幅跳びをし、鉄棒をやる僕を見て、宮田先生は「笑顔」で接してくれるようになりました。
骨折して、体育をやる生徒は初めてだったのでしょう。先生は「高邑、無理しなくていいぞ」と言ってくれました。勿論、それでも体育の授業は休みませんでした。
そして、2学期、僕は体育係になり「笑顔で体育教官室に入れる珍しい生徒」になっていました。そして、同じ2学期にバスケ部をやめて、宮田先生のバレー部に入ったのです。バレー部の練習に慣れた頃、体育祭がありました。その体育祭に酔っ払いが乱入してきた時のことです。宮田先生は僕達生徒を守る為に、1人で酔っ払いたちに立ち向かい、あっという間に叩きのめしたのです。今なら問題になっていたでしょうが、僕らは宮田先生に守られているんだ、先生が僕らをいつも守ってくれているんだ・・・そう思いました。
それから、直ぐに新人戦がありました。西戸山中男子バレー部は、いくらガッツがあったっとしても、2学期の途中から入った1年生を試合に出すほど、弱いチームではありませんでした。ああ、それなのに、それなのに・・・試合に出してくれなかったことに腹を立て、僕はバレー部を辞めてしまいます。あの怖い、そして尊敬する宮田先生にどうやって「退部届」を出したのか、今でも不思議なのですが、先生は怒りもせず、引き留めもせず、「わかった」と言ってくれたのです。そして3学期、僕はテニス部に入部しました。
その3学期、僕は見てはいけないものを見てしまいます。何があったかは全く分からないのですが、大声で「貴様−っ!」と言う宮田先生の声が聞こえ、誰かが殴られて倒れました。その倒れた人がテニス部顧問の白浜先生だと気がつくのに、それ程の時間はかかりませんでした。生徒の前で、教師が同僚の教師を殴る・・・そんな馬鹿な・・・。それも普段はとっても仲がいい体育の先生達同士の中で起きた事件だった訳で・・・僕はそのことを誰にも言えませんでした。
宮田先生は2年生になると、体育の授業でこう言いました。「逆立ちでテニスコートの向こうまで歩いたら、5をやるぞ!」『本当ですか?高邑やります!!』と僕は逆立ちで歩き始め、楽勝でテニスコートを往復したのです。その前から体育は5だった気もしますが、その後、卒業するまで体育だけはずっと5でした。
僕が「入りたい」という生徒は誰でも受け入れ、「やめたい」という生徒も「他で頑張れよ」と送り出せるのは、宮田先生の影響が大きいと思います。そして、「定期テストの平均で90点以上取ったら誰でも5をやる!」と宣言したことも、宮田先生の影響なのかも知れない・・・そう思っています。
*僕は河合隆慶の影響が一番強いと思っていたのですが、こうして書いてみると、宮田先生の影響も受けているようです。どんな子であっても、他校から狙われたら守る、他学年からも守る、自分の子ども達は相手が親であっても守る!という方針は「宮田先生のDNA」のような気がします。
打ってはいけない!2284
どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・国会議員達は、それを信じていてもいなくても、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。そうやって、女子中高生が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。
今日の写真1.2
今日の母さんです。母さんはSNOWが大好きで、いつも大笑いしてくれます。今日もかなり笑ってくれました。母さんの手を握って、暫く話をしていたのですが、兄貴が来てくれたので、バトンタッチしました。
今日の写真3
都立小児総合医療センターです。まるで高級ホテルの中にいるような錯覚を覚えました。素晴らしい施設に素晴らしい先生。若い先生達が24時間で対応してくれる病院です。感動しました。
*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・
7月5日 (木)
『一生懸命』幻のたかやん日記 第186弾! 2018年7月5日(木) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第186弾! 2018年7月5日(木) たかやん
朝勉141
今朝は5時50分起き。少し疲れている自分がいた。昨夜、家に帰ったのが午前1時頃だったか・・・。それから、ウィンブルドンを見てしまい、寝たのは2時過ぎで・・・ちょっと寝不足かも知れない。そんな中、今日は英語と理科をやった訳で・・・
堀之内病院
朝になっても空の目の痛みは残っていて・・・堀之内病院の眼科に行った。空の目は8割は治っている・・・そういう診断で、昨夜の救急病院の的確な処置に感謝、感謝である。
川遊び
第20回「わいわい川遊び」のチラシの作成に燃えた。燃えたと言っても、90%はじゃんこが作ってくれた訳で・・・五中10期生のじゃんこに感謝、感謝である。
後援依頼
チラシが出来上がったら、市と市教委に後援依頼をする。そして、公園の使用許可をとって、集会所を押さえて・・・東久留米の仲間たちと朝霞の仲間たちに連絡をして、子ども食堂の準備をして、「川遊び」に来てくれるスタッフを確認して・・・後は8月5日(日)の天気がいいことを祈るだけである。
文科省
「国会議員の質も官僚の質もどん底だね!」「昔から悪い奴らはいたのさ」「おぬしも悪よのう」「医大の方も金欲しさにねえ・・・」「もりかけと同じじゃん」「頭がいいのと、善人であるのとは違うのさ」色々な声が聞こえてくる。組織のトップが悪人だと組織全体が「悪」だと思われてしまう。文科省と東京医科大学のイメージダウンは計り知れない。
教師を目指す人へのメッセージ 第101弾 上手くいかないこともあるさ
同じ授業をやっても、上手くいくクラスもあれば、上手くいかないクラスもあるものです。
同じことをやっても、上手くいく日もあれば、いかない日もあるものです。みんなそういう経験をして「授業上手」な教師になっていくのです。
授業はやり直しのできない「舞台」と同じです。あなたは「主役」です。子ども達が「主役」という言葉はありますが、授業に関して言えば、それは間違いです。授業は「教師」が主役であり、子ども達はその舞台に参加する「観客」です。その観客をどう盛り上げて、感動させ、観客の記憶に残せるか、それがあなたの手にかかっているのです。
大事なことは、その「観客」達が、あなたの舞台をまた見たいと思うかどうかです。
観客の中には色々な観客がいます。主役を冷やかす観客もいるでしょう。舞台を邪魔する観客もいるでしょう。若い内は上手くいかないことがあっても当たり前です。
それでもあなた方は舞台に立ち続けなければなりません。それが教師の「仕事」だからです。あなた方の舞台は常に満席に近いのが普通です。「主役」が下手糞でも、「観客」の子ども達は文句も言わずに50分間、耐えてくれることもあります。
それを勘違いしてはいけません。自分の演技が上手だと勘違いすると成長が止まります。観客の子ども達は何故か「主役」に成績を付けられる立場だからです。本当なら「観客」が役者を評価するのに、主役の方が舞台の上から、「観客」を上から目線で見て、授業という舞台の鑑賞態度をチェックしている・・・そんな授業をよく見ます。それでは「授業」は上手にならないのです。子ども達がおとなしいのは「内申」で脅かされているからで、「舞台」が楽しい訳ではないことが多いのです。しかも、かなり下手糞な舞台を見て、「テスト」を受けなくてはいけない訳で・・・それでも「内申」という切り札がある限り、舞台が荒れることは滅多にありません。それが「授業」を下手糞にしているのです。授業が上手になりたければ、「内申」という切り札を使わないことです。「観客」の子ども達に「舞台」を自由に評価してもらい、ダメなことは駄目!と観客に評価してもらうような舞台にすることが大事です。「内申」という「脅し」がなければ、子ども達は伸び伸びと「舞台」を楽しみます。楽しければ「集中」し、詰まらなければ「寝る」そういう反応をするでしょう。「内申」という切り札で「寝かさない」のではなく、主役の「授業力」で「集中させる」それが「主役」です。
あなたが作ったテストの平均点が低いのは、「観客」のせいではありません。主役である、あなたの授業が「下手糞」だから平均点が低いのです。そのことに気がつけば、授業は「上手」になっていきます。自分の舞台の下手さ加減を「子ども達の勉強不足」「観客の勉強不足」のせいにしてはいけないのです。上手くいかないことがあるから、伸びるんです。
上手くいかないことに気がつかないと・・・20年・30年経っても下手なままです。残念ながらそういう「主役」達を僕は沢山見てきました。どうか、生の舞台で観客の表情の変化を見逃さない教師になってください。普段から、観客の表情をしっかり見ながら「舞台」をやっていかないと、それができません。観客が主役の自分に集中できる授業ができるようになると・・・楽しいですよ。あなた方が最高の舞台に立てることを祈っています。
打ってはいけない!2285
どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・国会議員達は、それを信じていてもいなくても、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。そうやって、女子中高生が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。
今日の写真1
塾のホワイトボードの落書きです。子ども達の絵の才能はなかなかのものです。僕は絵が下手糞なので羨ましい限りです。
今日の写真2
中学生の子ども達です。かなり集中しています。こういう雰囲気の時、子ども達は伸びるのです。
今日の写真3
我が家のココアです。もう直ぐ7歳の誕生日です。一緒に寝ていると、直ぐにお腹を出します。
*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・
7月6日 (金)
『一生懸命』幻のたかやん日記 第187弾! 2018年7月6日(金) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第187弾! 2018年7月6日(金) たかやん
朝勉142
今朝も5時50分起き。外が暗いと起きない性質なのかも知れない。猛暑の後は大雨かい。弱ったねえ。夜中の夢の中は大学のテニス部の先輩と一緒にいたのだが・・・何故か先輩が全て英語で話はじめ・・・それに付き合うのが大変だった。何で龍ちゃんは英語を話していたんだろう・・・大阪弁でいいのに。
162弾!
ほぼ書き終わっていた162弾!を全て書き換え始めた。そういう時は自分の中で何かが起きている訳で・・・残り少ない人生、自分の感性を大事にしたいと思った訳で・・・
手紙
小学校時代の先生に手紙を書いた。1年生から3年生まで受け持ってもらった美佐子先生である。小中を通して、生きていてくれるのは美佐子先生だけなのだから、いかに先生と出会った時に、先生が若かったかが分かる。先生が26〜28の時の生徒だった訳で・・・僕に置き換えると五中の4期生・7期生と過ごした年齢である。
駐車場
17時前、市役所に行った。いつものように市民会館の駐車場に車を停めた。スカスカだったから大丈夫。帰りに他の議員も複数人、同じ場所に車を停めているのを確認した。どうやら、議会の間だけ、そこは「市民の為の駐車場」になるらしい。議員というのは随分悲しい存在なんだねえ。議会中にそこに停めると、「レッカー移動しちまえ」などと同僚?から言われるのだから・・・議会中ここの駐車場だけは確保します。・・・というのなら分かる。そこにしか停めてはいけない・・・というのは旧庁舎ではなかったことだ。旧庁舎で議会中に地下の駐車場が満杯の時、僕らは地上で空いている駐車場に車を停めていた。それで文句を言う人は誰もいなかった。この6月議会では多くの仲間たちが、市民会館の駐車場から指定された駐車場に停めることを余儀なくされた。その一貫性の無さに腹が立つのである。
歯磨き
夕方、ひとみと母さんを訪ねて行くと・・・母さんは食堂で自分で歯磨きをしていた。その1つ1つの動作がしっかりしていて、嬉しかった。その後、僕が車いすを押して母さんの部屋へ行き、母さんを抱えてベッドに寝かせて・・・暫く話をして、写真を撮って帰ったのだった。
一次関数
夜の塾は楽しかった。数学の授業をやったのだ。複数の教科の質問に瞬時に答えるのもいいのだが、自分の力を最大限に生かせるのは「授業」をすることである。子ども達にとって、どれだけ「分かりやすい授業」ができるか・・・「分からない子」が「分かった!」「できた!」と言った時の顔を見ることができた。それも学校の授業の10倍の速さで・・・・
一番!
今年の4月に高校進学した塾の卒業生からラインが来た。どうやら特進コースで1位だったらしい。自分の勉強スタイルを確立した子は強い。同じことを繰り返すことが出来る子は強い。そう思った。高校に入れておしまい!ではなく、高校に入っても大学に入ってもトップを狙えるような子を育てたい。そう思うのである。塾の卒業生に負けないように、努力するとしよう。
教師を目指す人へのメッセージ 第102弾! 記憶に残る先生3
小菅先生は西戸山中時代の技術家庭の先生でした。授業は全く面白くなかったのですが(失礼)・・話を聞いていない時の罰が心に残っているのです。先生は授業中に煩い生徒を前に出しました。それが1人なら1人だけ。2人なら2人だけ、8人なら8人前に出します。問題はその後です。技術室ということで、そこには変圧器がありました。その変圧器を使って、授業に集中していない生徒の体に電流を流すのです。(マジかよ!)その電圧も100ボルトから200ボルトまで色々でした。1人で怒られるときは親指と人差し指に流すので、指に焦げ目がつきます。ちょっと痛いです。「1人電流」を僕は3回くらい経験しています。 でも、本当に怖いのは複数で前に出された時でした。8人の時はその8人全員が手を繋ぎます。そして、端の子が電極を触り・・・もう一つの端の子が残った電極を触った瞬間・・・僕らは「うわーっ!」「ぎゃーっ!」という声を出して、手を放すのです。両手の間には心臓がある訳で・・・今だったら(当時でも)とんでもない体罰なのですが、何故か僕らはその授業を楽しんでいました。中にはわざとふざけて、わざと電気を喰らっていた奴もいたことです。小菅先生が凄いのは、先生は僕らの前で200ボルトの電極を握って、ずっと平気でいたことでした。小菅先生は男子生徒の中ではある意味「英雄」だったのです。その影響かも知れませんが、僕も100ボルトまでは大丈夫な体になっていきました。僕らは小菅先生の「電流の刑」を楽しんでいたのです。
*昭和52年当時の五中には神ばーの「神宮司チョップ」嵒の「二枚蹴り」重一郎の「精進棒」満っちゃんの「ケツバット」誠の「スリッパビンタ」亨の「鞭」、英語の暗唱が出来ないと、教科書を頭の上に乗せて校庭を走らせる超おっかないおばちゃん先生(熊さん)などなど、笑えたり、笑えなかったりの伝説の「体罰」が色々ありましたが、小菅先生の「電流」に比べたら、みんな屁みたいなものでした。
僕自身、時代によって「ケツ竹刀」「ケツパイプ」「ケツ薪」「ハリ」「100発ビンタ」「紅葉」と恐ろしい名前の「武器」は色々ありましたが、その全てを自分自身が生徒達から喰らっていたのも笑えます。僕が何かをやらかして、黒板に手をついて・・・担任にケツ竹刀をやりたい生徒達が前に出てきて・・・思い切り、バシっ!バシっ!と叩きました。今までやられた分をやられた相手に返すのですから、それは、それは快感だったでしょう。可哀そうだったのは「竹刀」です。彼らのフルスイングはかなりの激痛でしたが、僕のケツよりも「竹刀」の方がそのパワーに耐えられずに、結果的に何本も折れました。面白いのは、自分が何をやってやられたのか、誰がやったのか・・・ハッキリとは記憶にないことです。「そんなことあったよねえ」「あったねえ」「あった、あった」という感じです。
体罰はいけませんが、本当に怖いのは「言葉による暴力」です。こっちの方は一生消えることのない「傷」になります。僕は小中高大と「先生」による「言葉の暴力」を受けたことは一度もありませんでした。今でも僕が心配しているのは「ケツ竹刀」や「ハリー」の傷ではなく、僕の「言葉の暴力」で傷ついた子達がいるのではないか・・・ということです。もし、そういう子がいたら、心から謝りたい・・・そう思っています。(誰もいないことを祈るばかりです。)
打ってはいけない!2286
どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・国会議員達は、それを信じていてもいなくても、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。そうやって、女子中高生が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。
今日の写真1
母さんの素顔です。かなり窶れちゃってけど、笑顔になると、やっぱり安心します。
高橋優の「福笑い」という歌を思い出します。
今日の写真2
母さんの笑顔見たさに、今日もsnowで笑わせました。何回やっても笑ってくれるので、もう癖になってます。
今日の写真3
金曜日の夜は少人数。最大10人、最小1人。色々な人数を経験できるのも、個人塾のいいところです。来週は体験の子が来ます。口コミだけで来てくれるので幸せです。
*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・
7月7日 (土)
『一生懸命』幻のたかやん日記 第188弾! 2018年7月7日(土) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第188弾! 2018年7月7日(土) たかやん
朝勉143
今朝は5時起き。空の大会があるので家族全員で早起きである。今日の朝勉も英語そして地理。ちったあ他の教科もやれよ!と自分の中の誰かが言っている。やっていることが中学生と変わらないではないか。苦手教科こそ、頑張らないといけないことに、気がつくのに143日もかかってしまった。とほほほほ。
最終校正
162弾!の最終校正に時間がかかった。空の大会には行きたいし、印刷屋さんにデータは渡したいし・・・ああ、忙しい。
駅立ちの予定
という訳で、来週の月曜日から駅立ちです。大雨が心配ですが、雨でなければひばりが丘北口で5時〜9時で行います。火曜日は東久留米、水曜日は保谷、木曜日は新座、金曜日は志木、次の週に清瀬の予定です。日本列島が大荒れですから、あくまでも予定ですが・・・。駅立ち仲間のみなさん、よろしくお願いします。
本物
5月の終わりに頭の手術をして、六月議会を休んだ俊さん(木村俊彦)が「議会報告」を印刷したと聞いて、驚いた。本当に凄い人だ。そして、自分の応援団に対して本当に律儀な人だ。普通、休むだろう。議会を休んでいるのだから・・・それなのに「議会報告」を書く。確かに“市民と語る会”では当たりまえのことなのだが・・・書いたら配らなきゃならないのだ。その“気合”に頭が下がるのである。「議会報告」を出している人間にしか分からないことなんだろうが・・・。選挙の時に応援してくれた人たちの為に、僕らは「議会報告」を書くのである。眠かろうが、疲れていようが、あの寒い時期の選挙を手伝って、応援してくれた人たちのことを考えれば、「議会報告」は書けるし、暑かろうが、寒かろうが駅に立てるのである。流石、相棒、木村俊彦!本物である。
最後の100m
3m〜5mの向かい風の中、空の中学生最後の100mは始まった。随分、体格のいい子達と走ったのだが、見劣りすることなく走っている空に感動した。リレーではアンカーとなって、1人抜いた空。逞しくなったなあ・・・強風で自己ベストは出なかったけど、空父は本当に大満足である。
古都
広島・岡山が凄い被害だというテレビの映像を見て、大事な娘が岡山にいることに気がついた。もうドキドキしながら娘の携帯に電話をした。「もしもーし」『古都!大丈夫か?』「うん、大丈夫だよ!」娘の元気な声を聞いて、ホッとしている自分がいた。全国で100名近い方達が犠牲になっている。娘が生きていた俺はいい。でも自分の子ども、自分の親、兄弟、姉妹、孫・・・愛する人を失った人が沢山いる。自分の幸せだけを喜んではいけないのである。
教師を目指す人へのメッセージ 第103弾! 友達そして親友
友達のことで悩む子ども達が沢山います。友達がいなくて、無理に友達を作ろうとして、失敗する子達が沢山います。スマホの普及で簡単に友達になり、簡単に友達でなくなるのです。そして、悩む・・・そんな子達が多くなってきました。
スマホの普及は友達になるのには便利ですが、実際に友達になると、実に簡単にお互いを傷つけあいます。友達だからと、ラインでの言葉がきつくなり、グループラインなどになると、誰かの悪口で埋まります。そして、グループの誰かを排除するのに、それ程の時間はかかりません。確かに「友達」はいいものです。一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒にいたずらをして、一緒に怒られる。一緒に勉強して、一緒に悩む・・親には相談できないことを聞いてくれるのも友達です。小学校時代からずっと僕の周りにはそういう誰かが居てくれました。それが年の離れたお兄ちゃんのこともあれば、年下のこともありました。女友達のこともありました。勿論、同級生も沢山います。僕は勉強の「偏差値」は低くても、友達をつくる「天才」でした。遊びと友達づくりの偏差値は80はあったと思います。(笑)
さて「親友」となると、突然ハードルが高くなります。いつでも一緒にいて、昔も今も隣にいて・・・家族ぐるみで付き合っている・・・そんな理想がチラつきます。
それが「親友」ではない・・ということを教えてくれたのが、石神井高校時代の「親友」哲っちゃんでした。高校時代は3年生の時、同じ男子クラスで・・・同じくらい馬鹿でした。 北海道の大学に入り、東京に出てくる度に、僕は江古田の哲っちゃんの家に泊まりました。哲っちゃんがバイトから帰ってくると、僕がお父さん、お母さん、妹と一緒に夕飯を食べている・・・何て言うのはザラでした。酷い時は何の前触れもなくやってきて、哲っちゃんが帰ってくると僕が哲っちゃんの部屋で寝ていたこともあります。その時、哲っちゃんは僕を起こして、こう言ったのです。「たかむら、友達ってさ、いつも一緒にいなくていいんだよなあ。お前と俺みたいにさ、普段は離れていてもさ、こうして会えて、信じられて・・・苦しいことをお前には言える・・・それが友達だよな。」その時の哲っちゃんの話は涙なしでは聞けない話でした。
哲っちゃんと僕は今でも1年に1度しか会いません。でも、ずっと友達だし、心を許せる「親友」です。僕は子ども達に「哲っちゃん」の話をよくしました。「いつも一緒にいるのが友達じゃないぞ」「トイレに行くのにも手を繋いでいくような、そんなのが友達なんかじゃないんだ」「空間的に、時間的に離れていても、会った瞬間、信じられる、接点は一つで信じられる・・・それが本当の友達なんだよ。」そう伝えてきました。「便所仲間になるんじゃないぞ!」そう言ってきたのです。SNSのつながりが当たり前になり、子ども達は「便所仲間」が多くなりました。ラインの返事を直ぐに返さないとハブられる、聞くに堪えない言葉で非難される・・・昔の「便所仲間外し」です。ずっと一緒に居たのに、突然、全てのことから外される・・・。子ども達はそれが恐ろしくて、本当の自分を見せられなくなります。SNSの怖いところは、それが拡散することです。「こいつ、こんなこと言ってたぜ」「前に、こんなことやってたらしいよ」嘘が拡散され、さらに脚色されて、何が事実か分からないようになります。今の子ども達はそんな難しい世界を今生きているのです。本当の自分でいてもいい。本当の自分を見せても大丈夫・・・喧嘩したって、平気、平気。それが「友達」なのに・・・。
そんな友達は・・実はどこにでもいるのです。無理に探さなくたって、子ども達が「いい気」を出していれば大丈夫。必ず「いい気」を持った誰かがそれを見つけてくれます。困るのは「マイナスの気」を出している子です。マイナス言葉で鎧を着た子達はどうしても「マイナスの気」を持った子に見つけられてしまいます。そうすると・・・・ラインが悲惨なことになりますね。だから子ども達に伝えて欲しいのです。「いい気を出すんだよ」って。このコツは大人になっても変わりません。「いい気」を出している人の周りには、必ず「いい気」を出す人が集まります。反対に「悪い気」を出している人の周りには「悪い気」の人が集まっていくのです。自分のマイナス言葉を意識して無くすだけで、子ども達の周りには「いい気」を持った友達が必ずできる。そのことをどうか教えてください。子ども達は「マイナス言葉」の恐ろしさを知りません。人の悪口は誰でも経験するものですが、その内容がひど過ぎるのです。面と向かっては言えない言葉をSNSだと言えてしまう。一度それになれると、今度は言葉に出してしまう・・・自分の耳は勿論、周りの人がその「酷い言葉」を聞いてしまう・・・「いい気」を持った子は、その子から離れたくなるでしょう。残るのは「悪い気」を持った子達だけになります。そして、この矛先は直ぐに自分に向けられるか・・・あるいは自分が誰かを傷つけてしまうのです。
*「友達」はいいものです。幸せなことに僕の周りには今でも「いい気」を持った人で溢れています。安心して、素のままの自分でいられます。中学の友達、高校の友達、大学のテニスの仲間たち、教師時代の仲間たち、最近のテニス仲間、そして沢山の教え子達・・・川掃除仲間、駅立ち仲間・・・市役所で出会った仲間、五中で出会った先生達、五中陸上部の顧問の先生、八石で出会った先生達、そして子ども達。みんな「いい気」を持った人達です。これから、まだまだ増えそうで、誰と出会えるのか楽しみでしょうがありません。
僕に本当の友達は何なのかを教えてくれた哲ちゃんは、その後、東京の小学校の校長になりました。石神井高校の馬鹿二人はともに教師になり、哲ちゃんは、もの凄く子ども思いの素敵な校長になったのです。・・・昔も今も哲ちゃんは、僕の自慢の「親友」です。
みなさんにも哲ちゃんのような「親友」が出来ることを・・・そして、みなさんの未来の教え子達にも哲ちゃんのような「親友」が出来ることを祈っています。
打ってはいけない!2287
どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・国会議員達は、それを信じていてもいなくても、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。そうやって、女子中高生が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。
今日の写真1
陸上競技場にはココアも連れて行きました。赤ちゃんのように抱っこしてカメラで撮影していると、周りにいる人達が僕を見て、超笑顔に・・・まるで赤ちゃんを抱っこしているように見えたようです。
今日の写真2
4×100mRが終わった後の五中リレーメンバーです。顧問の潤先生にアドヴァイスを貰っている時の子ども達の顔は真剣そのものです。
今日の写真3
帰り際、「たかやん!」と呼ばれて振り向くと・・・茜の笑顔がそこにありました。娘のこころの実のお姉ちゃんですから、僕の娘・・・ということになります。
*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・
7月8日 (日)
『一生懸命』幻のたかやん日記 第189弾! 2018年7月8日(日) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第189弾! 2018年7月8日(日) たかやん
朝勉144
今朝も5時起きで、お風呂で朝勉(世界一周)。そして最終校正。え?明日から駅立ちなのに!?本当なら、昨日が入稿だったのですが、印刷屋さんとの会話で「明日にしよっか・・・」となった訳で・・・細かい調整をしてから、入稿したのでした。
駅立ちの予定
明日の月曜日から駅立ちです。ひばりが丘北口で5時〜9時で行います。火曜日は東久留米で5時半〜8時半、水曜日は保谷、木曜日は新座、金曜日は志木、次の週に清瀬の予定です。日本列島が大荒れですから、あくまでも予定ですが・・・。駅立ち仲間のみなさん、よろしくお願いします。
ララポート
お昼前に三人で富士見のララポートに買い物に行った。日曜日ということで駐車場に入るのが大変で・・・参った。何とか車を停めて・・・空の買い物が始まった。誰に似たのかお洒落な空は、自分のイメージに合わないと何も買わない訳で・・・。歩く、歩く・・・腹が減ってもう歩けないくらい歩いたのだった。そして、フードコートでお昼を食べた後も、歩く歩く・・・往復で6時間。疲れたーっ!
162弾!
夕方、完成した「一生懸命」162弾!を取りに印刷屋さんへ。当日に入稿をするという無茶苦茶の代わりに、自分で受け取りに行く・・・というマナーがある訳で・・・
18時
亮と二人、予約していた「山田鍼灸治療院」へ。英資の話は実に面白く・・・僕らは話しっぱなしで・・・
教師を目指す人へのメッセージ 第104弾! 記憶に残る先生4
神宮司久子
五中に赴任した日のことを何度か書いた記憶がありますが、もう一度。昭和52年4月、僕はドキドキしながら五中の職員室に入りました。そこに太った用務員のおばちゃんがいました。『おはようございます』(随分太った人だなあ)(洋服のセンスは最悪だわ)
「おはようございます」・・・でも、問題はその後です。校長室に呼ばれて、「お前は3年生だ」と言われたのです。『はい』(え?新任なのに3年?マジか・・嫌だなあ・・・)
そして学年会議に行くと・・・あの太ったおばちゃんがいたのです。(なんで、おばちゃんがいるの?)しかも、そのおばちゃんが会議を仕切り始めたのです。(この人、まさか先生なん?)そして、デブのおばちゃんが「学年主任」になり、五中1期生はスタートしました。その学年会議で困ったことが起きました。6クラスの担任がどうしても2人決まらないのです。おばちゃんが「あたしも担任をやるよ」と言ってくれたのですが、それでも1人足りません。新座中と三中が合わさってできた新設校だったからでしょう。女の先輩2人が「どうしても嫌だ」と言うのです。そして、もう1人、その会議を休んだ女の先輩がいました。学年会議がストップし、僕は再び校長室に呼ばれます。「お前、担任やれ」『はい?俺、埼玉の高校、浦和しか知らないっすよ!』「いいからやれ。お前しかいないんだ。」(だったら、最初からそう言えよなあ。先輩達が嫌がるから俺に回って来ただけじゃん!)でも、僕がやるしかない・・・僕は校長室でそう腹をくくりました。
そして、再び学年会議に。「高邑先生は4組の担任をお願いします」そうデブちんに言われました。1組甲神嵒、2笠原進、3組帯刀俊雄、5組神宮司久子、6組原日出夫という凄いメンバーに若造が1人入ることになったのです。そして、「1・2組の副担は千田先生お願いします」と嵒がいい、「じゃ、5.6組は柴崎先生お願い」と原先生が言って、僕ら3.4組はその日休んでいた大熊という先生に決まりました。それが何を意味しているか、その時は気がつきませんでした。そうでした、神宮司久子の話でしたね。
最初の1年間、実は神宮司久子との関係はそれ程深くありませんでした。僕が1組から4組までしか教えてなかったからかも知れません。神宮司久子のクラスの子とは殆ど接触がなかったのです。それでも4組の子達の音楽は神宮司久子でしたから・・・・「神宮司チョップ」の被害を最小限に抑えることを担任は常に考えていました。そして、浦和高校しか知らない担任は、子ども達と一緒に猛勉強。あっという間にテストでは学年1位になり、みんな無事に志望校に合格していきました。
そして、五中の2年目、4期生でも神宮司久子は学年主任になりました。(担任はしませんでした)嵒が1組の担任になり、僕は3組の担任になりました。その頃から、僕は神宮司久子のことを「神さん」と呼ぶようになりました。多分、嵒の影響だと思います。神さんも僕のことを「たかやん」と呼ぶようになって、時々二人で食事に行くような、母子のような関係になっていきました。ある日、嵒が僕に「たかやん、神さんを守るぞ」と言ってきて・・・・・僕は嵒と一緒に彼女を守らなければ・・・そう思うようになりました。
“神宮司チョップ”と言っても、ただのおばあちゃんのビンタです。中学生の男子が本気になったら、神さんがどうなるか・・・想像すれば分かることでした。嵒と僕は「神さんにだけは手を出すんじゃないぞ」と元気のいい子ども達に言いました。神さんに逆らうということは、俺と嵒を敵に回すことだからな・・・と、暗に警告したのです。そして、「お前たちが神さんを守るんだぞ!」と彼らに伝えたのです。神さんはその後も僕と嵒が五中に居る間、ずっと子ども達に守られていました。そう、いつも子ども達に守られていたのです。僕と嵒が脅したからというより、神さんがいつも子ども達のことを愛していたからだと僕は思っています。神宮司久子は僕らが守って当然の先生でした。子ども達のことを、五中のことをあれだけ愛していた人を僕は知りません。勿論、神さんに「神宮司チョップ」を喰らって、恨んでいる子もいるかも知れません。特に、女の子には多いかも知れません。そのことは、僕が神さんの代わりに謝ります。「ごめんなさい」確かに、理不尽なこともあったと思います。でも、神さんはきっと「愛の鞭」の積りだったのだと思います。最後の頃の「神宮司チョップ」は顔を撫でただけのチョップになったと聞いています。どうか、僕の神さんのこと、許してやってください。神宮司久子、神さん、神バー、ばあさん、かあさん・・・僕は神宮司久子のことを最後は母さんと呼んでいたのです。僕はそれくらい、母さんに愛されました。そして母さんのことを愛したのです。
僕と嵒が五中を去る日、体育館の階段に座り込んで「あたしゃ、どうすりゃいいんだい・・・」そう呟いた母さんの涙を今でも忘れられません。どれだけ悲しかったことか・・・
勿論、剣道部や次郎に「神さんを頼むぞ」と伝言していたので、その後も大丈夫だったのですが・・・どれだけ心細かったことか・・・あの涙こそが、神さんの僕らへの「信頼」だったと思っています。
神宮司久子・・・ピアノは打楽器のように弾いていたけど、歌は絶品でした。その神宮司久子が僕の歌を褒めてくれたことがありました。「あんたは歌が上手い」
片山陽子はピアノは超上手かったけど、歌は・・・やっぱり神宮司久子。その神宮司久子に褒められたのですから、調子に乗りますよねえ。僕は五中でも六中でも二中でも子ども達の前で歌を歌う・・・そんな教師になりました。全て、あの時の一言が決め手でした。
僕は今でも母さんの声を思い出すことが出来ます。いつでも母さんが僕を守ってくれているからだと思います。
打ってはいけない!2289
どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・国会議員達は、それを信じていてもいなくても、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。勿論、税金を投入して・・・・
そうやって、女子中高生が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。
今日の写真1
中学校最後の100mで力走する空です。短距離を走るようになってから、まだ1年少ししか経っていません。顧問の潤先生の指導力を感じます。
今日の写真2
リレーのアンカーで走る空です。最後に一人抜いて・・・抜かれなかったので、凄い。親ばかってやつですね。水泳から長距離チームへ、そして短距離チームへ。子ども達の可能性って凄いんですねえ。
今日の写真3
五中4×100mRのメンバーの足です。みんな鍛えられた綺麗な足をしています。高校に行って、もっと逞しい足になるのでしょう。顧問の潤先生のような足になったら凄いなあ・・・。
*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・
7月9日 (月)
『一生懸命』幻のたかやん日記 第190弾! 2018年7月9日(月) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第190弾! 2018年7月9日(月) たかやん
駅立ちの予定です
今日のひばりが丘北口での5時〜9時の駅立ちは無事終わりました。明日、10日(火)は、東久留米東口で5時半〜8時半で行います。11日(水)は保谷、12日(木)は新座、13日(金)は志木で行なう予定です。駅立ち仲間のみなさん、よろしくお願いします。
朝勉145
今朝は4時起き。外はもう明るくて・・・いい一日になりそうな予感。駅立ちの初日はこうでなくっちゃ・・・。天気に恵まれるのが一番な訳で・・・。こんな日に駅立ちをしないでいつやるの!そう思ったくらい、いい天気だった訳で・・・・。
5時5分前
ひばりが丘北口に到着。実に涼しい。短パン・半袖ということもあるが、風が気持ちよかった。そして、あっという間に1束無くなる・・・。いい感じである。新しい駅になって立つ場所は変わっても、来る人は同じわけで・・・・。
新規
それでも、初めて手にしてくれる人が20人以上いたことに驚いた。何なんだろう・・・この感じは・・・・営業はやったことがないけれど、ご新規さんを開拓したような気持ちになった。
高校生
ひばりが丘の楽しいところは、多くの高校生たちが「一生懸命」を手にしてくれることである。塾生でない子も笑顔で持って行ってくれるので、本当に幸せな気持ちになる訳で・・・
短パン・半袖
全国を探しても、短パン・半袖で駅立ちをしている人はいないかも知れない。僕の「一生懸命」を持って行ってくれる人は、僕の格好ではなく、僕自身を見てくれているのだ。教え子たちは、僕のスーツ姿は殆ど見たことがないので「たかやんはその格好じゃなきゃ!」そう言ってくれる。メールでこの格好を指摘されて、一度だけネクタイをして立ったことがあるが、やはり教え子達からは「たかやんらしくない」と速攻で駄目だしされた。大事なことは暑くても寒くても駅に立ち続けることで・・・無理のない格好で立つことが大事なのである。
4時間
前半の2時間は実に涼しかった。ところが、後半の2時間は太陽が直接当たって・・・・・暑い、暑い・・・月曜日に4時間やることが良い訳で・・・火曜日からの3時間が短く感じられるのである。清瀬の2時間なんて、あっという間に感じる訳で・・・駅立ちは、一番最初に長ーくやるのがいいねえ。
市役所
駅立ちの後は市役所へ。「第20回わいわい川遊び」の後援申請をしに、秘書広聴課、緑と公園化、教育委員会に書類を提出したのだった。
母さん
「一生懸命」を母さんに届けに行った。母さんはあっちゃんが写った「一生懸命」を見て、凄く喜んでいた。ちゃんと覚えていたのだ。眼鏡なしで「一生懸命」を読む母さんに感動した息子であった。
神宮司チョップ2
昨日の神さんの話の中ででた神宮司チョップは実は僕も喰らったことがある。あれは五中7期生が1年生の時だったか・・・僕が教卓に座って、子ども達と話をしていると・・・突然チョップが飛んできて・・・「そこは座るところじゃない!!」と、神さんに怒られたのである。確かに机・・・しかも教卓だから、座るところじゃあない訳で・・・僕は神さんの前では二度と教卓に座るまい・・・と決めたのであった。教師が教師を殴るのは宮田先生だけではなかったのである。
教師を目指す人へのメッセージ 第105弾! 記憶に残る先生5
中村敞一郎
この人と初めて会ったのは、旧市役所8階の教育委員会でした。その時、敞一郎先生は教育次長という役職で、僕は彼と向かい合っての面接になったのです。その時の詳しい内容は忘れてしまいましたが、随分と教育に熱い人だと思いました。教育委員会にもそういう人がいるんだなあ・・・大学を卒業したばかりの僕はそう思った記憶があります。
驚いたのは4月1日、準備出勤で五中の職員室に入ると、職員室の一番奥に敞一郎先生が座っていました。(あの熱い人が校長なの!!)正直、嬉しかったです。校長がよければ何かいいことが起こりそうで・・・。
とここが、学年が発表されて、僕はまさかの3年生に。新設校で3年生になったのは、新任では僕だけでした。1年生に決まってる・・・そう思っていた僕の予想はいきなり裏切られたのでした。そして、次の日、まさか、まさかの担任になった話は昨日書きました。それを最終決定したのは敞一郎先生だったのです。後でその時のことを聞くと、「お前ならやれると思った」ですって・・・。まあ、いい加減なもんです。日本中、どこを探したって、そんな中学校絶対にないでしょうが・・・。
その敞一郎先生に一度だけお願いしたことがあります。「硬式テニスをやらせてください」と言ったのです。新設校だから、このチャンスを逃したら、まずできないだろう。そう思ったのです。校長の返事は「硬式をつくるのはいいが、軟式テニスをやってきた子ども達はどうするんだ?」というものでした。若い僕はその言葉で硬式テニス部を断念するしかありませんでした。今軟式テニスをやっている子を悲しませてはいけない。そう思ったのです。
そして、校長は子ども達のことを本当に考えている人なんだな・・・そう思いました。
最初の1年目、道徳の時間に校長室の前の校庭でサッカーをやっても、敞一郎校長は一言も怒りませんでした。小さい頃から不道徳の塊だった僕には「道徳」の授業ができなかったのかも知れません。道徳の時間は「席替え」をしたり、遊んだりしてたのです。それでも一度も怒られませんでした。
そんな校長でしたが、一度だけ僕の髪の毛について校長室でこぼしたことがあります。「これで、髪の毛を切ったら・・・お前は本当にいい男なんだがなあ・・」というのです。
普通、教員採用試験があれば、髪の毛を切るのが当時でも当たり前でした。でも、僕は切らなかったのです。金八より前に「長髪」の教師だったのです。僕は敞一郎先生に「麻雀で僕に勝ったら、切ってもいいですよ」と言いました。すると、校長は直ぐに「やるぞ!お前の家でやる」と言うのです。結果は敞一郎校長がぼろ負け。でも、わざわざ我が家に来てくれたので、僕は髪を切りました。23歳の頃の話です。その時の校長の嬉しそうな顔を今でも覚えています。
敞一郎先生の凄いところは、新任の僕らの全ての家に「家庭訪問」に来ていたことです。「飲みに行くぞ」「麻雀するぞ」「奥さんを見に行くぞ」色んな理由をつけて、気がつけば全員の家に行っていた・・・そんな校長でした。そして、どんなにべろべろに酔っても、次の日の朝はシャキっとしていた格好いい校長でした。
敞一郎校長は僕に「五中名物を作れ」と言いました。「まずは体育祭だ」というのです。僕は最初の年から、五中「体育祭」の担当になりました。そして、石神井高校の体育祭を導入して、応援団を結成したのです。しかも、最初の色は「白」でした。「たかやんは赤」というイメージがあると思いますが、僕は五中の10年間で2度「白団」の担当になったことがあります。残りの8年は全て赤団でした。今から考えると、酷い校長です。新任に3年生を担任させ、2学年を教えさせ。「テニス部で優勝しろ」と無理をいい、「五中の体育祭」まで任せたのですから・・・。そして、僕を燃やしておきながら、1年で校長を辞め、「教育長」になるというのですからふざけすぎです。「校長を辞める」と分かった日、僕は校長室に怒鳴り込みました。
「なんで約束を守らないだ」「あんたは1年で逃げるのか」「残された俺たちはどうするんだ」「ふざけるな!」そう言って、泣きながら怒ったのです。すると、敞一郎はこう言いました。「すまん、お前の言いたいことは分かる。俺だって、もう少し現場にいたい。五中に居たい。でも、どうしようもないんだ。分かってくれ。」「わからねえよ」「後はお前たちに任せた」「ふざけるな!」「お前たちなら必ず素晴らしい五中を作れる」「・・・・」「俺が夢見た学校をな・・」
そう言って、中村敞一郎は五中を去って行きました。僕は「教育長」になった敞一郎を「教育長」と呼んだことは一度もありません。いつも「校長」と呼んでいたのです。ずっと呼び捨てです。「校長」「高邑」「校長」「高邑、お前いつまでそう呼ぶ積りだ?」「ずっとですよ」
校長はそれからずっと僕のことを気にかけてくれていました。テニスで頑張ると「よくやった」何もなくても「しっかりやれよ」そして会うたびに「俺が教育長でいる間に、管理職試験を受けろ」そう言ってました。「受けませんよ。」「そんなこと言うな。」「嫌です」「受けろって・・・」「嫌だね」「お前なあ・・・」神宮司久子が母親なら、中村敞一郎は父親でした。僕をずっと愛し、そして鍛えてくれた・・・それが中村敞一郎でした。いくらなんでも鍛えすぎですけどね・・・・。
*もし、中村敞一郎が今、教育長で僕と議会で激突していたら・・・やっぱり議場でも「校長!」と呼んでいるような気がします。一般質問が始まる前に「高邑、ちょっと来い!いいか、変な質問するんじゃねえぞ」と呼びつけられるでしょう。「校長、それは無理って相談ですよ。校長は校長で筋を通してください。俺は俺の筋を通します。でも、どうしても無理な時は、目で教えてください。そうしたら、やめてあげますよ」「わかった」なんて会話をするのではないでしょうか。こんな日記を書くと、雲の上の敞一郎先生が笑っているような気がします。敞一郎の隣には誰がいるのでしょうね。神さん、嵒、茂先生、幸子先生もいたりして・・・
西日本豪雨
酷い・・・安倍晋三と同じにならないように、自分ができることをしよう。行くことはできないから、やれることは限られているが・・・・。
打ってはいけない!2288
どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・国会議員達は、それを信じていてもいなくても、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。そうやって、女子中高生が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。
今日の写真1
僕の駅立ちの師匠、吉田よしのりです。師匠なのに呼び捨てにするのは、それだけ凄い人だからです。長嶋茂雄にさんを付けないのと同じです。僕はよしのりの駅立ちを見て、駅おし立ちのなんたるかを教えて貰いました。今でも尊敬する師匠です。
今日の写真2
五中4期生の泰光です。剣道部のレギュラーですから、嵒の弟子です。3年3組でしたから、体育の授業のサッカーでは常に敵味方で戦ってました。3組はサッカー部が多く、しかも泰光のような運動神経のいい子が多く、1組は担任が入ってもなかなか勝てませんでした。いつも、この笑顔で僕を応援してくれています。幸せです。
今日の写真3
五中4期生の英子です。2年3年は8組だったので、理科を教えらなかったのですが、1年生の時に教えたのでしっかり覚えています。4期生は初めて3年間持ち上がった子達だったので、知らない子は1人もいません。英子も最高の笑顔でいつも僕を元気にしてくれます。僕は本当に幸せです。
*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・
7月10日 (火)
『一生懸命』幻のたかやん日記 第191弾! 2018年7月10日(火) たかやん
『一生懸命』幻のたかやん日記 第191弾! 2018年7月10日(火) たかやん
駅立ちの予定です
今日10日(火)の東久留米東口での5時半〜8時半の駅立ち、無事終わりました。明日11日(水)は保谷駅で5時半〜8時半、12日(木)は新座、13日(金)は志木で行なう予定です。来週の火曜、水曜で清瀬駅南口、北口の順に立ちます。駅立ち仲間のみなさん、よろしくお願いします。
朝勉146
今朝は3時起き。外はまだ暗かった。(当たり前か)暇なので、朝勉をやることに・・・・また英語をやって、それから、シャワーを浴びて、駅立ちの準備をしたのだった。
5時25分
東久留米東口に到着。実に涼しい。短パン・半袖で、しかも立つ場所が丁度日陰で・・・風が気持ちよかった。そして、今朝も、あっという間に1束(100部)無くなる・・・。今日も又、初めての方も多く・・・何なのだろう・・・この不思議な感じは
・・・
「覚えていますか?」
そんな中、若い女性に声を掛けられた。「覚えていますか?」『え?六中だった?』「ちょっと前まで高校の制服着ていました。」『わかった!!』その子はついこの間まで高校生だったのだ。 そして、いつも笑顔で僕の「一生懸命」を手にしてくれていた子だった。駅に立っていると、そうやって子ども達が成長していく過程を少しだけ見ることができる。変わらないのは子ども達の笑顔である。いい顔した高校生たちは大人になってもいい顔の子が多い。(逆もまた当たっていることが多いのだが・・・)
お帰り!
五中4期生の敏行(藤田)と久しぶりに会えた。どうやら鹿児島から28年振りに実家に戻って来たらしい。この間の同窓会で会っていたので、直ぐに気がつき『お帰り!』「ただいま」となった訳で・・・駅に立っていると、こういう風に子ども達と会えるので、本当に幸せである。
7時
東久留米の共産党の共産党市議団と都議の原のり子さんが登場。早速、西日本豪雨のことに触れて、この非常時に酒盛りをやっていた安倍内閣を痛烈に批判していた。今日は共産党のビラの受け取りもよく、政治に無関心でいることがヤバいということに人々が気づいてきたような・・・そんな感じがしたのだった。
8時
共産党市議団のみなさんの駅立ちが終わり、再び一人になった。みんなでやっても、1人でやっても変わらないところが面白い。相変わらずの「いい気を出している人」を感じ取る作戦で・・・8時半。3時間で3束の「一生懸命」が消えて行ったのだった。
暑さの中で
僕の脇を通り過ぎる人たちの匂いが気になった。暑いので、もの凄い「汗臭い」匂いと、もの凄く「いい匂い」と・・・夏やねえ・・・。
片付け
外は暑いので、家の中で色々やっていた。皿洗い、トイレ掃除、ゴミ出し・・・昼には学校から戻ってきた空と一緒に「素麺」を食べて・・・・空は部活に行ったのだった。
暑さの中で2
この糞暑い中、校庭を走るのだから子ども達も大変だ。もっとも、五中、六中のテニス部の子達はこの暑さの中、午前も午後も当たり前のように練習していたのだから恐ろしい。
そして、日が暮れる頃にランニングして、トレーニングして、コート整備して・・・暗くなってから帰る。それが硬式テニス部の練習だった訳で・・・
赤坂自民亭
20万人が避難していた、大災害の真っ最中に酒飲んで楽しむ自民党の中枢。「国民の安心安全」とか普段言ってる奴らに限って、「自分のことしか考えてない」ものなんだなあ。本当の姿ってこうやってポロって出てしまうものなのよねえ。日本の中枢があれじゃあ、外交でいいようにやられる訳だわ。「慎重にも慎重を重ねた上で死刑を執行」にサインした法務大臣もその執行前日に飲んでいたということで、記念撮影する感覚に驚くのである。このニュース、ネットでは直ぐに拡散されていたのだが、テレビが取りあげるのは、かなり後、おっかける形で・・・本当に情けないねえ。メディアのトップが安倍晋三と会食とかしているから、批判できないんだろうなあ・・・。赤坂自民亭の飲み食いの代金も出所は俺たち国民の税金なのだろう・・・この大災害の最中に、国民が200名以上無くなって、この猛暑の中で避難している人が数多くいるのにこの国会で「カジノ法案」を通そうとする政党は、普通の国民からはもう応援されないだろう。人として恥ずかしくないのか!!全くバカバカしい世の中になってきたぜ。次の選挙が待ち遠しいのは俺だけかな・・?
教師を目指す人へのメッセージ 第106弾! 記憶に残る先生6
がん
石神井高校には何人か「名物先生」がいました。中でも一番有名なのが「がん」というあだ名の寺沢先生でした。この体育の先生の話は中学時代の親友、丹羽創の兄貴の光さんから入学する前に聞いていたのです・・・「最初は本当にきついぞ!」「でも、テニス部の練習の方が何倍もきついから、直ぐに慣れる」光さんはそう言いました。
最初の体育の授業で、校庭に出て、どんな先生が出てくるのかと、みんなで少しだけビビっていたのですが・・・先生はいなくて、代わりに用務員のおじさんがいるんです。緑色のジャンパーを着た小さな用務員のおじさんに「おじさん、がんて知ってる?」と聞くと・・・いきなり「集合!」と言ったのです。(まさか、この人なの?)と信じられませんでした。次の「がん」の一言は「並べい!」でした。そして、僕らが整列すると、「跳べい!!」と言うのです。僕らはその場でジャンプを始めます。すると今度は「手を上い!」です。跳びながら手を上にすると、今度は「手を前い!」暫くすると「手を横う!」要するに、ジャンプしながら、手を挙げたり下げたり、横にしたり・・・僕らのがんの最初の授業は「跳んで」終わりました。僕らはほぼ50分間、ずっと跳んでいたのです。(まじか・・・テニス部の練習はこれより何倍もきついのか・・・)その授業が終わって、僕はそう思いました。
次の授業の時は、「跳べい」に「両手をつけい!」「曲げい!」「誰が伸ばせといった!」「伸ばせい!」「誰が曲げいといった!」「曲げい!」と只管、腕立てをやらされました。
がんの授業は「がんトレ」というトレーニングの授業です。がんちゃんが言ったメニューをやると授業は終わります。「がんちゃん」は見ているだけで何もしません。「はじめい!」と言って、「終わりました」というと「おう」で終わりです。
光さんの言った通り、硬式テニス部の練習は「がんトレ」の10倍はきつく・・・僕らは「がんトレ」が鼻糞になるくらい「テニス部」で鍛えられていきました。「がんトレ」の授業は一番であっという間に終わって、3年にもなると半分の時間は遊んでたくらいです。
体育祭にも「がんトレ」があって、「手押し車」「うさぎ跳び」「カニ」「片足跳び」「両足跳び」と「がんトレメニュー」がそのまま種目になっていました。テニス部は勿論、ダントツで1位です。
これを読んだ五中、六中のテニス部の子達は(やったことある!)そう思ったでしょう。そうなんです。がんちゃんの「跳べい!」が余りにも印象的だったので、テニス部でもやってみたのです。がんちゃんの口調を真似て「跳べい」「手を前い」「横う」「手を上い!」
一人でも休んでいると「跳べい!」「跳ばないと終わらないぞ!」「跳べい!」僕はがんちゃんを思い出し、子ども達は当時の僕らのような気持ちになって、跳んだのだと思います。勿論、相手は中学生ですから、50分も跳ばせたら大変なことになってしまいます。長くても10分〜20分だったと思います。それでもきつかったと思います。
僕らの時代、34群は「勉強の大泉」「運動の石神井」「恋愛の井草」と呼ばれていて、僕はどうしても石神井でテニスがやりたくて・・・希望通り、進学できたのですが・・・その運命の入試が僕の未来の子ども達の「運命」も変えたのだと思います。学校群制度ではどの高校に入るか、希望は書けませんでした。僕は人に自分の運命を決められるのが嫌で、「数学のテストの1番の答え」をわざと消して、自分の運命を自分で選択しました。都立のテストは超楽勝だったので、都立1本でもそんな芸当ができたのだと思います。(そうやってトップで合格しても、1年後は学年でペケから6番でしたが・・・・)
「がんちゃん」は僕ら生徒から愛された先生でした。そして「寺沢先生」とは誰からも呼ばれたことのない先生でした。みんなから「がん」「がんちゃん」と呼ばれていたのです。もしかしたら、「ヒョウチン」だけではなく、「がん」も僕の「たかやん」というあだ名に強い影響を与えたのかも知れませんね。
*これから教師を目指すあなた方はどんなあだ名で呼ばれるようになるんでしょう。
「〇〇先生」と呼ばれている内はまだまだですよ。そういう人は卒業生には直ぐに忘れられてしまいます。「校長先生」なんていうのは本当に最悪ですからね。世の中に「校長先生」なんてゴミのように、うようよいます。だから「校長」になったって、あだ名の方がいいに決まってるんです。子ども達が呼びやすい、忘れられない・・・ちょっと笑える・・・そんなあだ名をつけて貰えたら幸せですね。
打ってはいけない!2289
どんなワクチンにもリスクがあります。製薬会社はワクチンで儲けたい。儲けたいから宣伝をします。「安全で絶対に効きます」と宣伝します。税金を使って「ただということにして」売れたら一番儲かる・・・製薬会社は国会議員に接触します。「安全」で「子宮頸がん」を防げる唯一のワクチンである・・・国会議員達は、それを信じていてもいなくても、ワクチンを「無料」で打てる仕組みを作ります。そうやって、女子中高生が「無料」でワクチンを接種させられたのです。
「子宮頸がんワクチンは唯一がんを予防できるワクチン」ではありません。確かに製薬会社はそう言って売り込みました。しかし、ワクチンの効用書にはそうは書いてないし、それを証明した人は誰もいないのです。一方でワクチンの副反応の被害は甚大です。痛みのある人生を生きるのは辛いものです。
打つまでは健康そのものだった女の子達の苦痛の叫びが届かないようでは人間ではありません!「精神的なものじゃないの?」「摂取により健康被害が生じたとは言えない」という医者や国は、「いじめがあったとは認められない」という、どこかの学校や教育委員会と同じで、被害者に寄り添う共感能力に欠けています。副反応に悩む子達は運動もできなければ、学校にも通えないのです。恋をして、悩むことも出来ないのです。それは人生を奪われたのと同じ事です。グローバリスト達から国民を守るための「安全第一」という「規制」を壊してはならないのです!岩盤規制が今の日本には必要です。子どもたちを守る規制がしっかりしていれば、この悲劇は起こらなかったのです・・。当時、中高生だった女の子達が二十歳を過ぎた女性になりました。一番、楽しい筈の時間が痛みの、その苦しみの時間に代わってしまったのです。その時間はもう戻りません。彼女たちに最大限の償いを・・・それが僕達大人の義務です。そして、同じ過ちを繰り返さない仕組みを作ることが僕たちの義務なのです。「規制緩和」なんか糞くらえ!です。
今日の写真1.2.3
東久留米って東久留米市にあるんですけどね。結構な数の人が「笑顔」で「ハイタッチ」してくれて、こうして僕と一緒に「写真」を撮ってくれます。ここには女性しか映ってませんが、やはり男性の方が断然多いですね。女性には、余程の自信がないと声を掛けられないものです。
写真を撮っていると、誰かをスルーしそうになるのですが、そこは「駅立ち力」でカバーします。駅立ちでこんなに遊んでいるの人も、余りいないかも・・・選挙の為の駅立ちだったら、出来ないでしょうねえ。
*この日記を読んだ全ての人が幸せな気持ちになりますように・・・
|
1
|
2
|
3
|
4
|
2018/7
Su
Mo
Tu
We
Th
Fr
Sa
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31